日本土壌微生物学会の歴史



日本土壌微生物学会の設立

50周年を迎えて

木村眞人(名古屋大学大学院生命農学研究科)

 本年、日本土壌微生物学会は設立50周年を迎えた。本学会は、1954年12月に開催された「第1回土壌微生物談話会」をもって設立とし、1960年4月に「土壌微生物研究会」と改称、同年1月には会誌「土と微生物」第1号が発行され、これまでに58巻(2004年5月現在)を数えるに至っている。また、1998年には、学会員の強い要望を基に「研究会」から「学会(日本土壌微生物学会)」へと組織・体制を改め、名実共にわが国における土壌微生物研究を主導する学会へと発展してきた。

1.「土壌微生物談話会」から「土壌微生物研究会」へ

第1回土壌微生物談話会は、1954年12月東京、西ヶ原の農林省農業技術研究所において開催された。北海道や関西からの参加者も含め68名であった。日本土壌肥料学会会長藤原彰夫氏の発会への祝辞、石沢修一氏の挨拶の後、4名の講師による講演が行われた。 犬伏和之氏が指摘しているように(「土と微生物」Vol.46 (1995)巻頭言)、「土壌微生物学はまだ初期の段階だからといってただ自己の枠内だけの研究を続けている時期は既に過ぎ去ろうとしている。多くの部門の人々と話し合い、(中略)土壌微生物を対象として確立している各々の立場々々の人が話し合っていっそう深く研究していかなければならない」(「講演並びに討論記録集第1集」あとがき)との共通認識が、「土壌微生物談話会」発会の動機であり、1960年「土壌微生物研究会」へと発展させた原動力と推察される。
 またこの共通認識は、その後の本学会の基本理念・精神として脈々と流れ、今日に至っている。その後、「土壌微生物研究会」は、会誌「土と微生物」の充実、各種出版物の出版に努め、1998年には、「日本土壌微生物学会」へと組織・体制を改め、今日に至っている。本学会への「土壌微生物通信」の貢献も無視し得ない。

この間、1954年 「土壌微生物談話会」が68名の参加のもとに設立され「土壌微生物研究会」発足当初177名であった会員も、1978年には600名を超えるまでに増加し、その後漸増して現在 700名を数えるに至っている。

 以下は、歴代の学会長とその在任期間である。各先生方が、以下に紹介するような本学会の発展、基本理念・精神の継承と学会の発展に多大なる貢献をされたことに、改めて敬意を表する。

奥田 東(1960-62)、石沢修一(1962-64)、古坂澄石(1964-70)、鈴木達彦(1970-74)、山口益郎(1974-78)、 飯田 格(1978-82)、吉田冨男(1982-84)、沢田泰男(1984-86)、荒木隆男(1986-88)、和田秀徳(1988-90)、鈴井孝仁(1990-92)、 服部 勉(1992-94)、生越 明(1994-98)、丸本卓也(1998-01)、百町満朗(2001-03)

2.学会活動

 本学会は、土壌微生物学者と植物病理学者が、研究の対象とする土壌の微生物に関する試験・研究の展開と農業技術への寄与を目的とする学際的な学会である。
 初期の「土壌微生物研究会」の活動は、シンポジウムの開催、「土と微生物」の発行、「土壌微生物に関する文献集」の発行、「土壌微生物通信」の発行、加えて、土壌微生物に関する単行本の編集・出版であった。 1962年に創刊された「土壌微生物通信」は1986年に終刊し、情報化社会の今日「土壌微生物に関する文献集」もその役割を終え、現在は発行されていない。
 以下、順を追って各活動の歴史を振り返る。なお、「土壌微生物に関する文献集」の歴史を振り返るための資料が手元になく、紹介できないことをご容赦願いたい。

3.シンポジウム

 シンポジウムはこれまで、土壌微生物に関係する学会内外の研究者の研究史や、その時々の社会や関連研究分野と土壌微生物研究の接点を反映したものであり、わが国の土壌微生物研究の歴史の記録でもある。 創立25周年を記念した講演会において、飯田 格会長は本会誌の内容を整理し、シンポジウムでどのような土壌微生物に関する話題が取り上げられてきたかを、詳細に紹介している(「土と微生物」第22号1980)。
1983年までは、若手研究者を含めた広範な分野の演者によって微生物と土壌の関係が講演されたが、1984年以降は、その時々の興味あるテーマの下にシンポジウムが開催された。
 1984年「有機物と土壌微生物(農業生産並びに環境浄化の視点から)」1985年「土壌微生物とバイオテクノロジー」、1986年「免疫学の最近の進歩と土壌微生物学への適用」、1987年「今話題の土壌微生物」、 1988年「組換え微生物の農業利用―野外での利用を中心にして―」、1989年「土壌病害と土壌微生物」、1990年「微生物の環境適応機構」、1991年「野菜・花きの土壌病害をめぐって」、1992年「土壌微生物としてのPseudomonas属細菌」、1993年「土の微生物世界」、1994年「共生土壌菌類と植物の生育」、1995年「微生物の環境導入とその技術的問題」、 1996年「土壌微生物制御による環境保全型農業への展望」、1997年「共生・寄生微生物の進化と環境適応」、1998年「環境と土壌微生物」、1999年「農業における微生物利用と土壌微生物研究」、2000年「土壌微生物研究のパラダイム」、2001年「アジア地域との微生物研究のネットワーク―アジア微生物の多様性解明と有用機能の開発―」、 2002年「環境保全型農業のための微生物利用:複合微生物系における有用微生物の動態と制御」、 2003年「土壌伝染病原菌の防除対策―ジャガイモそうか病をめぐって―」であり、農業現場における土壌微生物、各種微生物の土壌中での生態、土壌微生物の研究手法等が、社会をまた研究の進歩を反映して、取り上げられてきた。

4.会誌等

1)「土と微生物」

 第1回土壌微生物談話会の講演の記録は「講演並びに討論記録集第1集」として残され、引き続き、第6・7集が出版された後、1960年1月に土壌微生物研究会誌「土と微生物」第1号と改称し、今日に至っている(犬伏和之、「土と微生物」第 46号 (1995)巻頭言)。
 初期の掲載論文は、毎年開催のシンポジウムにおける講演内容を基とした論文であり、今日まで継続してシンポジウム関連の論文が掲載されてきた。初期の2,3の論文を例示すると、「ネマトーダの話(国井喜章)(第1号1960)」、「農薬施用と微生物(石沢修一)(第2号1961)」「沖縄における土壌病害概観(荒木隆男)(第10号 1968)」が挙げられ、1978年、渡辺 巌氏により初めて英語の論文「Azolla and its use in lowland rice culture(第20号)」が掲載された。その後、本誌が年2号発行されるようになった1987年に前後して、原著論文も掲載されるようになり、「Properties of fluorescent pigment-producing Pseudomonas strains isolated from soil and roots of cucumber (K. Katoh) (第33号1989)」は、最初の英語による原著論文であった。45巻(1994)以降、ほぼ各号英文報文が掲載され、今日に至っている。

2)「土壌微生物通信」 

 本学会の50年を振り返るとき、「土壌微生物通信」の果たした役割は、評価に余りあるものである。50年間を流れる「本学会の気風・精神」は、「土壌微生物通信」を通して確立されたといえるであろう。
 本通信は、東北大学農学研究所古坂澄石研究室室員の献身的努力で1962年6月に創刊された。その主旨は、「土壌微生物学者が当面している一番大きな問題は、分散的なお互いの研究をいかにして集中し、論争点や解決すべき課題を明らかにするかということ」(服部 勉、創刊号より抜粋)で、「若い研究者が、全国的な意見の交流の中で一層広い視野を持つ新しい型の研究者として育つことは、大変大切」との本学会員の共通認識から、自由に意見交換する広場・通信が目的であった。初期の頃の「通信」には、思いも及ばない他分野の諸先生の土壌微生物に対する考えや意見、本学会の諸先輩の自由な発言を見出す。
 そして、 1986年12月、第67号をもって「土壌微生物通信」は四半世紀の幕を閉じた。ちょうど、本学会の草創・発展期から、充実・新たな飛躍への節目の時期に当たり、本通信を介して、本学会が目指す方向、方途、精神についての会員間の共通認識が確立されたものと推察する。「通信」終刊号で、服部 勉氏は「四半世紀前に、「新しい時代」に向けて発刊した「通信」の役割を終らせ、今日の新しい世代の方々の新しい創造的試みを期待したいと考えます。」の一文を寄せ、 25年にわたる肩の荷を降ろした。
 今日の本学会の発展、会員各位の研究の進展・深化を目の当たりにする時、その期待に十分答え得たといえるであろう。加えて、「若い研究者が、全国的な意見の交流の中で一層広い視野を持つ新しい型の研究者として育つことは、大変大切」(服部 勉)との精神もまた、今日まで連綿として引き継がれている。

5.出版

1)土壌微生物研究会編『土と微生物』(岩波書店、1966年)

 本書は、土壌微生物談話会の10周年を記念して出版されたものである。
 古坂澄石氏は本書の冒頭、「土壌微生物学は最近10年に至るまで日本の国に住みつきえなかった」と振り返り、「この間の成果をもとに現時点における日本の土壌微生物学の位置付けと将来の方向を見出すための作業の一環」として出版したと、その主旨を明らかにしている。本書の願いは、「わが国の土壌微生物学者達が何をどのように考え研究しようとしているか」、「わが国の土壌微生物学者達がこの国の土壌の特殊性を十分生かすと共に、わが国の微生物学や土壌学のよき伝統をできるだけ正しく受けつごうとしているか」を紹介することであり、さらに「わが国の土壌微生物学がより広い視野でより全面的に発展する必要のあることの強調」であった。当時、土壌微生物学をわが国に根付かせようとされた諸先輩の努力と熱い思いが伝わる記念すべき書であった。

2)土壌微生物研究会編『土壌微生物実験法』(養賢堂、1975年)

 土壌微生物談話会が発足して20年近くを経過し、わが国の土壌微生物研究は着実な発展を遂げつつあった。会員も600名近くと発足時の10倍近くに達し、社会の土壌微生物への関心も増加していた。その結果、「土壌微生物の研究においてもっとも欠けていることは日本語の土壌微生物の実験法がないことであり、このことが測定法の不統一などを招くとともに土壌微生物に興味をもっている研究者が土壌微生物に入りにくい状況を作り出している」(鈴木達彦)ことが強く懸念されるようになった。
 本書の企画はこのような状況を背景としたものであり、「本書のみによって、土壌微生物の知識のない人でも正確に実験が出来ること、えられた実験結果の解釈を可能にすること」等、当時の土壌微生物に関する実験手法を網羅するきわめてユニークな実験書となった。

3)土壌微生物研究会編『土の微生物』(博友社、1981年)

 本書は、学会創立25周年を記念して刊行されたものであり、先の『土と微生物』からの第2の里程塚として、その後の土壌微生物学の発展をわが国の研究を中心に、諸外国の成果を加えて編纂された。
 『土と微生物』当時に比べて、わが国の土壌微生物学の著しい進歩が詳しく紹介されている。当時のエネルギー問題を背景とした土壌微生物による効率的物質循環、環境汚染問題、農業現場における微生物に起因する諸障害、等に関連して、社会が土壌微生物に大いなる期待を寄せるようになったことも刊行の動機になったと思われる。書名が、前回の「土と」から今回「土の」に変更された背景に、「前回は微生物と土壌との関係が十分には解明されていない段階であったが、今回は土壌とのつながりを更に一歩深めると言う意図」(古坂澄石)が込められていた。この間の土壌微生物学の進歩に対する諸先輩の自負を強く感じる。

4)土壌微生物研究会編『新編土壌微生物実験法』(紀伊國屋書店、1992年)

 先の『土壌微生物実験法』は、出版後多くの土壌微生物を取り扱う研究者に利用され好評であったが絶版となった。この間、「バイオテクノロジーの発展にともなう遺伝子組み換え微生物の環境中での動態、微生物の多様性、有害物質・廃棄物の微生物処理、有用物質産生遺伝子の探索、導入微生物による植物生育促進・病害虫防除」(鈴井孝仁)など、新たな土壌微生物への関心も高まった。本書は、前書を補うとともに、新たな時代の要請に対応した実験書であり、現在も土壌微生物研究のためのマニュアルとして広く利用されている。

5)土壌微生物研究会/日本土壌微生物学会編『新・土の微生物(全10冊)』(博友社、1996〜2003年)

 本書は、『土と微生物』、『土の微生物』を改定し、最新の土壌微生物像を紹介したものである。
 その出版は、本学会が「日本土壌微生物学会」へと改称・発展した時期に前後し、前書からの課題を引き続き取り上げるとともに、社会の土壌微生物に対する高い関心と分子生物学や微生物工学の最近の進歩に触発された土壌微生物学の現状、が10分冊に詳しく紹介されている。「本シリーズのような10冊にも及ぶ土壌微生物のモノグラフシリーズは、世界に例をみない」(服部 勉)企画であった。

6.終わりに
 本学会は、輝かしい足跡を50年の歴史に刻み、今日を迎えた。これまで、本学会は、「若い会員の自由で創造的な意見交換」を支えとして運営されてきた。1962年に創刊され、1986年に終刊した「土壌微生物通信」の各号は、本学会のこのような精神の記録であることは先に紹介した。その創刊号の第1ページ、左上に小さく、「全体は、きっとどこか個々の部分の総和とは違う。(M.プランク)」の書き込みが認められる。本来の主旨は定かではないが、これまでの本学会の歩みを予言した言葉のように思えてならない。
 今後も本学会が、自由で創造的なこれまでの精神を堅持しつつ、さらなる輝かしい歴史を刻んでいくことを願ってやまない。

参考資料(PDFファイル)

(「土と微生物」58巻2号(2004)から転載)